一昨日の夜、The Giverを読み始めたら、止まらなくなった。翌朝早く、子どもを学校に連れていかなければならないとわかっていたのに、午前4時近くまで読んで、意地でも最後まで読み切った。眠れたのは、たった2、3時間だった。

昨日、つまり悲惨な翌日、ぼくはものすごく疲れていた。そこで考え始めた。どうして同じことが、何度も何度も起きるのか。眠らないというこの問題を、本気で直すにはどうすればいいのか。

目の前の報酬は、なぜいつも勝つのか

まず、「機会費用」というものがある。何かをすれば、別の何かはできなくなる。いちばんわかりやすい例は、お金だ。手元に1,000ドルしかないのにiPhoneを買ったら、同じお金を投資には回せない。

でも、夜更かしにも機会費用がある。一晩夜更かしをすれば、そのあとの一週間、予定も元気も影響を受ける。不思議なのは、ぼくにとって、この大きなコストよりも「今すぐこの本の結末を知ること」のほうが大事らしいことだ。

結局のところ、今のぼくと未来のぼくの間には、たぶん断絶がある。

未来のぼくに何が起きるかは、今のぼくには関係がないように感じる。今日のぼくは自分勝手で、消えてしまう前に、自分の利益を最大にしたい。そして、明日のぼくはとても優秀だから、問題が起きても自分でなんとかするだろうと固く信じている。

過小評価している夜更かしのコスト

今日のぼくにとって、脳はたぶんこんな計算をしている。

今夜読み終える
V今夜 = w今夜 × R − C夜更かし
C夜更かし = ∑(wn × Cn)
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明日読み終える
V明日 = w明日 × R
Rは結末を知る報酬、wは脳がそれぞれの時点に与える重み、C夜更かしは、そのあと何日も続くコストの合計だ。

「今夜読み終える」価値が「明日読み終える」価値より大きければ、脳は夜更かしを選ぶ。

いちばんの問題は、今日のぼくが「今夜読み終える」ことを重く見すぎて、夜更かしのコストや明日以降のことを軽く見すぎていることだ。

つまり、未来にならないともらえない報酬は、ほとんどゼロ。未来に待っている苦しみも、ほとんどゼロ。今の視点だけで計算すれば、眠らずに、目の前のやりたいことを続けるのが最善の選択になる。

では、夜更かしのコストと未来の報酬を、どうすれば脳に正しく計算させられるのか。強化学習から、何か学べるかもしれない。

強化学習は、行動のあとに受け取った報酬や罰をもとに、次の選択を調整する。ぼくの脳がずっと計算を間違えているなら、見落としているフィードバックを、計算に戻してやるしかない。

夜更かしのコストを覚えておく

朝起きてひどく疲れていたら、少し時間を使って、その疲れをちゃんと感じる。その結果を、ちゃんと感じる。

本当ならできたはずのことが、疲れすぎてできなかったなら、それも記録する。翌日だけのコストを考えるのでは足りない。ドミノ倒しのように影響が続く、N日目までのコストも、全部足さなければならない。

そして昨日のぼくに言う。お前は本当にひどい。幼稚だ。後先を考えていない。おかげでぼくは今、こんなに悲惨だ。でも許す。ぼくは、お前とは違う選択をする。

未来の自分に共感する

人間は社会的な動物だ。今日のぼくは、未来にもまだたくさんのぼくがいると実感できないから、自分勝手になる。

でも、自分を一つの組織だと想像してみる。今日ぼくがすることは、この先にいる何千何万ものぼくに影響する。そう考えると、ほんの少しだけ大事なことに思えてくる。

いちばんいいのは、今日のぼくも未来のぼくも、過去の近視眼的なぼくを許すことだ。仕返しをせず、この先にいる何千何万ものぼくのために、いちばんいい選択をする。

自分に制限をかける

それでも自分をコントロールできないなら、夢中になりやすいことを始める前に、あらかじめ自分に制限をかけるしかない。

たとえば、時間になったらパソコンを自動で終了させる。あるいは、ぼくがいちばん気に入っている、時間になると照明が消える目覚ましライトを使う。

小説を読み始める前に、30分後に暗くなるようセットしておく。続きを読みたい今のぼくは、もう一度照明をつける手間をかけ、30分前のぼくが決めたことに逆らわなければならない。

この少し余計な抵抗が、毎回効くとはかぎらない。でも少なくとも、「読み続ける」が無意識の初期設定ではなくなる。

過去はもう起きてしまった。変えられない。一方、未来のぼくは、シュレーディンガーの猫みたいなものだ。時間という箱が開くまで、幸せに過ごしているのか、苦しんでいるのかはわからない。

未来のぼくが幸せになれるかどうかは、今のぼくにかかっている。