<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"><channel><title>Alex Hsu 日本語</title><description>個人開発と暮らし、そして移り気なあれこれについての個人サイト</description><link>https://alexhsu.com/</link><language>ja</language><item><title>「最後の一回」瞑想</title><link>https://alexhsu.com/jp/last-time</link><guid isPermaLink="true">https://alexhsu.com/jp/last-time</guid><description>すべての物事に、最後の一回がある。ただ、それがどの一回なのかは、わからない。</description><pubDate>Tue, 25 Aug 2026 08:20:36 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p style=&quot;color:#888;font-size:0.85em&quot;&gt;リンク：&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/jp/last-time&quot;&gt;https://alexhsu.com/jp/last-time&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「一期一会」は、もともと日本の茶道の言葉だ。次も同じ人と、同じ場所でお茶を飲んだとしても、それはもう同じ出会いではない。天気も違うし、気分も違う。お互いの人生も、少しだけ前に進んでいる。だから一つ一つの出会いを、一生に一度きりの機会として大切にする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;このテーマで、ぼくがすぐに思い出したのは、William B. Irvineが紹介していた練習だ。last time meditation、「最後の一回」瞑想。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;Irvineの『A Guide to the Good Life』は、ぼくがいちばん好きなストア哲学の入門書だ（難しいものは読み進められない）。彼は、とてもシンプルな事実を指摘している。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;人生のすべての物事に、最後の一回がある。ただ、その最後の一回が来たとき、ぼくたちはたいてい、それが最後だと気づかない。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;たとえば、スキー。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ぼくは実は、そこまでスキーが好きじゃない。お金がかかるし、面倒だし、危ない。遠くまで行って、道具を借りて、たくさん着込んで、リフトで山を登る。頻度も高くない。もう何年も行っていない。今「わざわざスキーに行かないか」と誘われたら、ぼくはきっと「面倒だな、また今度」と言う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でもIrvineのアドバイスに従うと、ふと気づいた。もしかしたら、この前行ったスキーが、人生で最後のスキーだったのかもしれない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;不思議なことに、そう考えると、感じ方が一気に変わる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もし最後の一回だと知っていたら、ぼくはスキーブーツが面倒だなんて文句を言っただろうか。何本か滑って「もういいや、帰ろう」なんて思っただろうか。たぶん思わない。むしろ、もう一度リフトで山を登って、周りの雪をじっくり眺めて、もう一本滑りたくなる気がする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ぼくはスキーがそんなに好きじゃない。でも「この前が、人生で最後のスキーだよ」と言われたら、急にちょっと名残惜しくなる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これがIrvineの言う「最後の一回」瞑想だ。彼は、何かをしている途中で、たまにこう考えてみることを勧めている。もし、これが最後の一回だったら？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;毎日を世界の終わりみたいに生きる必要はない。ただ数秒だけ、自分に思い出させる。今やっていることが何であれ、いつか本当に最後の一回が来る。そして、それは今回かもしれない。だって、&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/anything&quot;&gt;どんなことも、いつでも起こりうる&lt;/a&gt;のだから。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ぼくの人生にも、こういう「最後の一回」は、もうたくさんあった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;子どものころ、きっと親に抱き上げてもらう最後の一回があったし、よく行っていたどこかの場所に行く、最後の一回があった。大人になっても同じだ。また会えると思っていた友だちと、最後に会ったのが十数年前、ということもある。夢中で遊んでいたゲームを、ある日閉じて、それきり二度と開かなかったこともある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こういう終わりは、たいてい何の予告もなくやってくる。世界が目の前に「ご注意ください、これが最後の一回です」なんてウィンドウを出してくれるわけじゃない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だから、自分で時々思い出すしかない。「これが最後の一回かもしれない」と。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;p&gt;最近、ぼくは本の出版で忙しくて、毎日まだ直せるところがある気がしている。この文はもっと滑らかにできる、あの段落は書き直せる、コピーにはもっといい版がありそうだ。もし出版社がずっと直させてくれるなら、ぼくは本当に、一生直し続けられると思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;出版には締め切りがある。ある日を過ぎたらもう直せないし、いよいよ印刷に回るときは、満足でもそうでなくても、手を止めるしかない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;こういう締め切りが、ぼくは大嫌いだ。でも、締め切りがなかったら、この本を永遠に書き終えられないことも、わかっている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;明日があるかぎり、今日はやらなくていい。次があるかぎり、今回はそれほど大事に思えない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;人生も同じだと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もしぼくに永遠の命があったら、書きたい本は百年後に書けばいいし、行きたい場所は来世紀に行けばいい。今日を無駄にしたって構わない。だって、このあと無限に「今日」があるのだから。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;人生に締め切りがあるからこそ、ぼくたちは時間を大切にしたくなる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;死は怖いものに聞こえる。でも、もし死がなかったら、ぼくたちが大切にしているものの多くも、一緒に意味を失ってしまう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;うちの年配の家族は、「死」の話を嫌がる。口に出したら、その怖い締め切りが本当に早まってしまうとでもいうように。でもぼくは、逆だと思う。たまに死について考えるのは、少しも悲観的なことじゃない。時間が限られていると知ることこそ、今持っているものを大切にさせてくれる。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;p&gt;ぼくの子どもたちは、毎日「パパ、だっこ」と走ってくる。でもいつか、ぼくが最後に抱き上げる日が来る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だから今、子どもを抱っこするとき、「うわ、どんどん重くなってる」と思うのに加えて、「もしかしたら、これが最後の一回かもしれない」と、より強く意識するようになった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;すべての物事に、最後の一回がある。ただ、それがどの一回なのか、ぼくたちにはわからない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;わからないからこそ、この一回を、しっかり生ききろう。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;p&gt;RSSを購読していただきありがとうございます。良いセンスですね！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;mailto:hi@alexhsu.com&quot;&gt;メールを送る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
</content:encoded></item><item><title>自分の日本語ブログを読んで、日本語を練習する</title><link>https://alexhsu.com/jp/japanese-blog</link><guid isPermaLink="true">https://alexhsu.com/jp/japanese-blog</guid><description>個人サイトに日本語版を加えた4つの理由。本の日本語版のウォームアップ、日本語アプリとの連携、生活にもう少し日本語を、そして自分のために作った日本語練習法。</description><pubDate>Mon, 24 Aug 2026 07:40:13 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p style=&quot;color:#888;font-size:0.85em&quot;&gt;リンク：&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/jp/japanese-blog&quot;&gt;https://alexhsu.com/jp/japanese-blog&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;個人サイトを作り始めたころ、本当は繁体字中国語、簡体字中国語、日本語、英語の全部に対応したかった。でも言語がひとつ増えるたびに、記事を書くコストも、新機能を加えるコストもどんどん膨らんで、割に合わない。だから&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/multilingual&quot;&gt;多言語サイトの運営は割に合わない&lt;/a&gt;という記事を書いたし、少し前には&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/omakase&quot;&gt;簡体字中国語をサイトから外した&lt;/a&gt;ばかりだった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それでも2年近く書き続けてきて、そろそろ日本語版を加えるときだと思った。メリットがデメリットを上回ると感じたから、言語をひとつ増やす負担を引き受けてみることにした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;思いついた理由はこんな感じだ。&lt;/p&gt;
&lt;ol&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;1冊目の本の日本語版&lt;/strong&gt;：『人生也是一個遊戲』が校正の段階に入った。次は英語版と日本語版のセルフパブリッシングを準備するから、そのウォームアップとして日本語ブログが必要になる。これから探す日本語のフリーランス編集者に見せる参考資料にもなる。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;サイトを日本語アプリにつなぐ&lt;/strong&gt;：本を売るために、初めて個人サイトを自分のアプリにリンクするつもりだ。日本語学習アプリなのだから、サイトに日本語に関わるコンテンツが少しはあったほうが筋が通ると思う。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;ぼくの生活には、もう少し日本語が必要だ&lt;/strong&gt;：日本を離れて、もうすぐ10年になる。少し前、クアラルンプールに遊びに来た日本人と偶然話して、自分の日本語がはっきり衰えているのを感じた。日本語の本をたまに読むとはいえ、英語の本に比べたらずっと少ない。それにアニメを別にすれば、日本のドラマはもう何年も刺さるものがない（『ブラッシュアップライフ』と『ホットスポット』は別として）。気づけば、見ているのは韓国ドラマのほうが多い。ぼくの生活には、日本語に関わる何かがもう少し必要だ。&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;自分のために作った日本語練習法&lt;/strong&gt;：実はこれがいちばん楽しみだ。AI翻訳はもう十分なレベルにある。ブログを1本書くたびに、その日本語版を必ず読む。これ以上ない練習になると思う。なにしろ内容は、ぼくがいちばん興味のあることそのものだ。つまり「自分がいちばん話したいこと」で日本語を学ぶわけで、ついでに興味のある分野の言葉づかいもたくさん覚えられる。&lt;/li&gt;
&lt;/ol&gt;
&lt;p&gt;日本語はN1を持っている。でも本当にN1を取った人なら知っているはずだ。N1なんて、大したことない。ゼロから日本語でブログを書けと言われたら、たぶんまだめちゃくちゃだし、中国語のアウトプットにも深刻に響く。だから気楽にいくことにした。まずは完全にAI翻訳に頼って、ぼくは読むだけ。違和感を見つけたときに、直せばいい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;いつか気が向いたら、そのとき本当に自分で1本書いてみればいい。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
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</content:encoded></item><item><title>どんなことも、いつでも起こりうる</title><link>https://alexhsu.com/jp/anything</link><guid isPermaLink="true">https://alexhsu.com/jp/anything</guid><description>ある一文が、不確実性に対するぼくの向き合い方を変えた。</description><pubDate>Sat, 23 May 2026 15:00:00 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p style=&quot;color:#888;font-size:0.85em&quot;&gt;リンク：&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/jp/anything&quot;&gt;https://alexhsu.com/jp/anything&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&quot;Anything can happen anytime.&quot;&lt;br /&gt;「どんなことも、いつでも起こりうる。」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もし人生を変えた一文を一つ選べと言われたら、これだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この言葉に出会ったのは五年前、&lt;a href=&quot;https://www.wakingup.com/&quot;&gt;Waking Up App&lt;/a&gt;で&lt;a href=&quot;https://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Goldstein_(writer)&quot;&gt;Joseph Goldstein&lt;/a&gt;が無常について話しているのを聞いたときだった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;Joseph Goldsteinは瞑想の先生で、仏教についての本を何冊も書いている作家でもある。Waking Upの中でも、ぼくがいちばん好きな講師の一人だ。彼の話を聞くたびに、本当に知恵のあることを聞いている気がする。そして、この言葉がいちばん印象に残っている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ある十日間の瞑想リトリートを率いていたとき、Goldsteinは川辺を散歩していて転び、膝をひどく痛めた。その痛みのせいで、あぐらをかいて教えることもできなくなり、しまいには立つことさえできなくなった。座って瞑想しながら、彼は自分に苛立っていた。瞑想の先生ともあろう者が、どうしてこんなに不注意なのか。しかも、よりによってこんな大事なときに。何時間も心を静められずにいたが、あるとき、一つの言葉がふと頭に浮かんだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&quot;Anything can happen anytime.&quot;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;その瞬間、彼はほっとした。苛立ちは少しずつ消えていき、ようやく落ち着いて座れるようになった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ぼくはこの言葉を聞いた瞬間に、好きになった。ぼくはもともと、不確実性が大嫌いで、何でも綿密に計画しておきたいタイプだからだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ぼくはずっと、人生を戦略ゲームみたいに捉えてきた。一手ごとに最善のルートを考えたいし、分岐はぜんぶ先にシミュレーションしておきたい。だから、想定外のことが起きるたびに苛立った。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この「マントラ」を五年使ってみて、三つの効果があったと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;物事がうまくいかないとき、自分を責めずにすむ。&lt;/strong&gt; ぼくが好きな自己啓発の本の多くは、Radical Responsibility（徹底した責任）を説く。自分の身に起きたことすべてに、全責任を持つべきだ、と。文句を言うな。他人や環境のせいにするな。起きる問題はすべて「ぼく」の問題で、「ぼく」が改善できるのも「ぼく」だけだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ぼくは長いあいだ、その原則で生きてきたし、今でも文句を言うのは好きじゃない。でも、そうやって生きるのは、少し疲れる。「Anything can happen anytime」と心の中で繰り返すと、その重荷を少しだけ世界に分けられる。文句は言わないままでも、罪悪感で消耗することが減って、問題を解決することそのものに集中できる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;行動するとき、結果に執着せずにすむ。&lt;/strong&gt; 何かを始める前、ぼくはいろんな結果を想像して、最善のルートを考えるのが好きだ。ときには、いちばんいい結果を空想したりもする。記事を書く前には、タイトルや構成、締めの一文まで考えておく。旅行だって、毎日のスケジュールをだいたい組んでしまう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でも、いざ始めてみると、物事はたいてい計画どおりには進まない。昔は、計画が狂うと不安になったし、ぜんぶを考えきれなかった自分を責めた。あるいは、結果が想像したほど良くならないと分かると、続ける気力をすっかり失った。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「Anything can happen anytime」と繰り返すと、結果と過程を切り離せるようになる。今この瞬間にできることを尽くせばいい。結果は、ぼくにコントロールできるものじゃない。そして、どうせ結果をコントロールできないなら、いっそ過程を楽しんだほうがいい。創ることそのものが、ゲームなのだから。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;まだ何も起きていないとき、人生の無常に備えられる。&lt;/strong&gt; いいことも悪いことも、いつでも起こりうる。ぼくや、ぼくの大切な人が、明日、車にはねられるかもしれない。だから、やるべきことはできるだけすぐにやる。次があるとはかぎらないから。書きたい記事は今日書く。連絡したい人には今すぐ連絡する。家族に言いたいことは、今回言う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;最悪の結果を受け入れてしまうと、ほかのことはそれほど怖くなくなる。低い確率のことや、ブラックスワンのような出来事も、前より受け入れられるようになった。COVIDでも、AIの台頭でも、この先どうなるか分からない世界でも、それらはもともと「いつでも」起こりうることだったのだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;この言葉は、悪いことだけに当てはまるわけじゃない。いいことにも当てはまる。いいことが起きたときも、驚きすぎず、抗わず、ただ楽しめばいい。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;p&gt;何事にも、良い面と悪い面がある。ぼくはむしろ、今のほうが計画に念を入れるようになった。「どんなこと」も「いつでも」起こりうるから、あらゆる可能性を考え尽くそうとする。でも、実際に何かが起きたときは、前より鷹揚に対処できる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もちろん、もともとあまり不安を感じず、責任感もそれほど強くない人には、この言葉を勧めない。ちょうど、お金の本を勧めるときと同じだ。節約が好きな人は『DIE WITH ZERO』を、使うのが好きな人は『Your Money or Your Life』を読むべきだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ぼくがこの言葉を好きなのは、不確実性が嫌いすぎるからで、この言葉が心のバランスを整えてくれる。もともと気楽すぎる人がこの言葉を使ったら、たぶんもっと気楽になるだけだろう。それは、たぶん望んだ結果じゃない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;Goldsteinの膝のけがは、彼にたくさんの不便をもたらした。でも同時に、残りの人生をずっと寄り添ってくれる一文を、彼に授けた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;次に計画が狂ったとき、ぼくもこう思い出せたらいい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;それも、もう一つの贈り物かもしれない。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だって、anything can happen anytime.&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;P.S. 『ゲーム思考』シリーズの&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/version-update&quot;&gt;アップデートで遊び方を変える&lt;/a&gt;と&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/side-quest&quot;&gt;どのサイドクエストも、新しいマップを解放するかもしれない&lt;/a&gt;を書いていたとき、考えていたのは仏教の「無常」と、この言葉だった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;さらに読むなら：Joseph Goldsteinの法話は、&lt;a href=&quot;https://www.dharmaseed.org/teacher/96/&quot;&gt;Dharma Seed&lt;/a&gt;ですべて無料で聴ける。特におすすめなのは&lt;a href=&quot;https://dharmaseed.org/talks/player/16309.html&quot;&gt;The Wisdom Of Impermanence&lt;/a&gt;で、記憶が正しければ、ぼくが最初にこの言葉を聞いた講話だ。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;p&gt;RSSを購読していただきありがとうございます。良いセンスですね！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;mailto:hi@alexhsu.com&quot;&gt;メールを送る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
</content:encoded></item><item><title>一生かかっても見きれないコンテンツ</title><link>https://alexhsu.com/jp/cant-finish</link><guid isPermaLink="true">https://alexhsu.com/jp/cant-finish</guid><description>この世界のコンテンツは、とっくに誰の消化能力も超えている。見きれないのが、普通なんだ。</description><pubDate>Wed, 24 Dec 2025 15:00:00 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p style=&quot;color:#888;font-size:0.85em&quot;&gt;リンク：&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/jp/cant-finish&quot;&gt;https://alexhsu.com/jp/cant-finish&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ぼくはちょうど35歳になった。運よく80歳まで生きられるとして、残りは45年だ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;週に1本ドラマを見て、あと2000本。&lt;br /&gt;月に2本映画を見て、あと1000本。&lt;br /&gt;月に1冊本を読んで、あと500冊。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこにアニメ、漫画、ポッドキャスト、記事、メルマガが加わる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これまでに存在した映画だけで、すでに100万本近くある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;アメリカだけでも、年に500本の新ドラマ、1000本以上の新作映画、300万冊以上の新刊が出ると見込まれている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;つまり今この瞬間にも、ネット上にはぼくが一生かけても見きれない量のコンテンツが存在している。この先、追いきれないコンテンツはさらに増えていく。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;これはもう、丁寧に選べば解決する問題じゃない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;この世界のコンテンツは、とっくに誰の消化能力も超えている。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ぼくの時間は有限だ。定義からして、ぼくはこの世界の99.9%以上のコンテンツを取りこぼす。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;だから、面白いものを全部見ようとするのは、もうやめた。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;みんなが面白いと言っても、今まで見ていないなら、それは本当には見たくなかったということだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ワンピースを見なくていい。Stranger Thingsを見なくていい。Game of Thronesを見なくていい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;縁があれば、いつか見る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;見きれないのが、普通なんだ。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（でも&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/blog-countdown&quot;&gt;書けるもの&lt;/a&gt;は、もう先延ばしにするな。）&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;p&gt;RSSを購読していただきありがとうございます。良いセンスですね！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;mailto:hi@alexhsu.com&quot;&gt;メールを送る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
</content:encoded></item><item><title>他人の王国に城を建てるな</title><link>https://alexhsu.com/jp/castle</link><guid isPermaLink="true">https://alexhsu.com/jp/castle</guid><description>SNS、会社、プラットフォーム。どれも他人の王国だ。そこに建てた城は、いつでも取り上げられる。本当の自由とは、自分の領土に拠点を築くこと。</description><pubDate>Thu, 30 Oct 2025 15:00:00 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p style=&quot;color:#888;font-size:0.85em&quot;&gt;リンク：&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/jp/castle&quot;&gt;https://alexhsu.com/jp/castle&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;最近、毎日のように頭に浮かぶ記事と比喩に出会った。&lt;a href=&quot;https://howtomarketagame.com/2021/11/01/dont-build-your-castle-in-other-peoples-kingdoms/&quot;&gt;Don&apos;t Build Your Castle in Other People&apos;s Kingdoms&lt;/a&gt;。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;記事の核心はシンプルだ。&lt;strong&gt;他人の王国（SNS）に、自分の城（パーソナルブランド）を建てるな。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;なぜか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;他人の王国は、あなたの城なんてどうでもいいからだ。ルールはいつでも変えられるし、あなたが苦労して築き上げたものを、一夜にして壊すことだってできる。彼らが欲しいのは、城を建てに来る人がもっと増えること。そしてその城を、自分たちの利益に換えることだけ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;彼らが大事にしているのはお金であって、あなたじゃない。あなたは彼らがお金を稼ぐための手段にすぎない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;やるべきことは、自分の身を守り、自分がコントロールできる領土に城を建てること。&lt;/p&gt;
&lt;h2&gt;他人の王国は、そこら中にある&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;よく考えてみると、ぼくたちはどれだけ他人の王国に城を建てているだろう。&lt;/p&gt;
&lt;ul&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;他人の家に住んで&lt;/strong&gt;、毎月大家のローンを払う&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;会社で働き&lt;/strong&gt;、顧客も製品も自分のものではなく、昇進も昇給も上司次第&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;出版社から本を出して&lt;/strong&gt;、発言権も権利も渡し、自分は印税をもらうだけ&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;自分の価値を「いいね」の数に委ね&lt;/strong&gt;、フォロワーがいないと存在しない気がする&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;人脈をすべてLinkedInやFacebookに預け&lt;/strong&gt;、プラットフォームが消えれば人脈も消える&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;成長を講座やコーチに頼り&lt;/strong&gt;、教えてくれる人がいないと学べない&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;幸せをパートナーに預け&lt;/strong&gt;、相手がいないと何者でもなくなる&lt;/li&gt;
&lt;li&gt;&lt;strong&gt;運動は誰かに誘われないとやらない&lt;/strong&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;
&lt;p&gt;アルゴリズム、雇用主、プラットフォーム、感情の供給者。彼らはいつでも、あなたの土地を取り上げられる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;あなたが苦労して建てた城ごと。&lt;/p&gt;
&lt;h2&gt;本当の自由とは、主導権を握ること&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;主導権が他人にあるかぎり、あなたは永遠に借家人だ。&lt;/strong&gt;&lt;br /&gt;&lt;strong&gt;主導権が自分にあってはじめて、あなたは王になれる。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;すべてのシステムから完全に離れろ、という話じゃない。仕事も住まいも人間関係も、やっぱり必要だ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でもせめて、自分だけの領土をひとつ残しておきたい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;自分のウェブサイト。&lt;br /&gt;自分の作品。&lt;br /&gt;誰にも頼らずに続けられる習慣。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そこではルールを決めるのは自分で、誰にも追い出されない。&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;P.S. ぼくはWiwiさんの&lt;a href=&quot;https://wiwi.blog/blog/escape-from-youtube/#%E4%B8%8D%E8%A6%81%E5%9C%A8%E5%88%A5%E4%BA%BA%E7%9A%84%E7%8E%8B%E5%9C%8B%E8%93%8B%E5%9F%8E%E5%A0%A1&quot;&gt;この記事&lt;/a&gt;（中国語）でこの比喩を知った。YouTubeに動画を投稿することが、なぜ他人の王国に城を建てることになるのか。その解説がある。おすすめ！&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;p&gt;RSSを購読していただきありがとうございます。良いセンスですね！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;mailto:hi@alexhsu.com&quot;&gt;メールを送る&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;
</content:encoded></item><item><title>連続記録をわざと途切れさせる</title><link>https://alexhsu.com/jp/streak</link><guid isPermaLink="true">https://alexhsu.com/jp/streak</guid><description>連続記録は習慣づくりを助けるはずが、いつの間にか再開の壁になる。自分から途切れさせることこそ、本当の自由かもしれない。</description><pubDate>Sun, 26 Oct 2025 15:00:00 GMT</pubDate><content:encoded>&lt;p style=&quot;color:#888;font-size:0.85em&quot;&gt;リンク：&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/jp/streak&quot;&gt;https://alexhsu.com/jp/streak&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今やどのアプリにも連続記録（ストリーク）機能がある。Duolingoの炎、GitHubの緑のマス、Apple Watchのリング。どれも同じことを言ってくる。&lt;strong&gt;「途切れさせるな！続けろ！」&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;最初は確かに効く。でも使い続けるうちに、何かがおかしくなってくる。&lt;/p&gt;
&lt;h2&gt;連続記録の罠&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;想像してほしい。10日目で途切れるのは平気でも、364日目で途切れたら、立ち直れない気がしないだろうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;連続記録が長くなるほど、プレッシャーは大きくなる。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;そして馬鹿げたことをやり始める。夜11時58分にDuolingoを開いて、一番簡単な問題だけ解いてチェックイン。体調が悪いのに無理して運動。旅行先でも、記録のためにアラームをセットする。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;語学を学ぶのはコミュニケーションのためで、炎のアイコンのためじゃない。運動は健康のためで、チェックインの数字のためじゃない。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;いつの間にか、手段と目的が入れ替わっている。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;SNSやシェア機能が、これを見栄に変える。「見て、すごいでしょ？瞑想200日連続達成！」数字が大きいほど、自分が優秀で意志の強い人間になった気がしてくる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;でも、それがどれほど脆いものか、あなたも知っているはずだ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;1年間休まず積み上げた365日の記録がうっかり途切れたとき、こう思う。「またゼロから積み上げて前の数字を超えるなんて、無理だ」。そして本当にやめてしまう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;連続記録は習慣づくりを助けるはずだったのに、再開の壁になってしまった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/vti&quot;&gt;投資&lt;/a&gt;と同じで、長く続けたいことには、もっと息の長い戦略がいる。&lt;/p&gt;
&lt;h2&gt;わざと途切れさせる&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;もし自分が連続記録を無意識に気にしていると感じたら、直感に反する提案がひとつある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;連続記録を、わざと途切れさせてみる。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ときどき、自分の意思で「やらない」を選ぶ。そして思い出す。主人は自分だ、と。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;100日の記録1つと、10日の記録10個。どちらがいいだろう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;どちらも立派だ。100日は続けられる力の証明。でも10日×10回は、&lt;strong&gt;何度でも再開できる力&lt;/strong&gt;の証明でもある。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;考えてみれば、人間はそもそも機械じゃない。週5日働いて、2日休む。ドラマも疲れたら一時停止する。それが自然だ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;「毎日やる」より「週5日やる」。余白を残したほうが、かえって長続きする。&lt;/p&gt;
&lt;h2&gt;大事なのは、連続じゃない&lt;/h2&gt;
&lt;p&gt;途切れたからって、何だというのだろう。明日また続ければいい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;連続記録はただの道具だ。数字が実際の行動より大事になったら、手放すとき。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;strong&gt;連続記録に、自分を所有させない。&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;次に記録が途切れたら、にっこり笑って、また始めればいい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;それが本当の継続だと思う。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;em&gt;P.S. 昨日、12日続いた毎日更新の記録をわざと途切れさせた。今日この記事を書いているのはチェックインのためじゃなく、まだ&lt;a href=&quot;https://alexhsu.com/daily&quot;&gt;実験中&lt;/a&gt;だから。&lt;/em&gt;&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
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