ぼくは、自分に課す制限が増えるほど、むしろ自由に感じることに気づいた。

たとえば、昼ごはんを食べながらテレビを見ない。夜10時を過ぎたら、パソコンもスマホも使わない。スマホにはゲームを一つも入れない。

ちょっと悲惨に聞こえる。

ぼくたちが一生懸命働いて、お金を貯めるのは、いつか好きなことを好きなようにできるようになるためじゃないのか。

それなのに今、誰にも管理されていないぼくは、自分からたくさんのルールを作っている。まるで、自分で自分を牢屋に閉じ込めているみたいだ。

ところが、こんな生活を数日続けると、最初は慣れなくても、最後にはいつも前より心地よくなる。頭の中が静かになって、本当にやりたかったことも、少しずつできるようになる。

そして何か言い訳を見つけて、この制限を一つずつ外していくと、生活はまた混乱に戻る。午後は仕事に集中できない。気づけば、夜中まで勝手にスマホをスクロールしている。あの時間、ぼくは確かに「好きなことをしている」はずなのに、自分が何をしたかったのか、あまり思い出せない。ぼくが決めているというより、何かに押されて動いている感じがする。

ぼくはずっと、自由とは誰にも管理されず、好きなときに好きなことをすることだと思っていた。

でも本当にそうなら、どうしてそんな自由が増えるほど、ぼくはコントロールを失い、何かに支配されているように感じるのだろう。

もしかしたら、事実は正反対なのかもしれない。本当にぼくを閉じ込めているのは、いちばん開けていて、何でもできそうに見える、あの広い空き地だ。そこには誘惑があふれていて、あちこちから何かがぼくを引っ張っていく。牢屋だと思っていたルールのほうが、むしろ静かな小さな空間を作ってくれる。

その空間にいるとき、ぼくは本当に自由なのかもしれない。