“Anything can happen anytime.”
「どんなことも、いつでも起こりうる。」

もし人生を変えた一文を一つ選べと言われたら、これだ。

この言葉に出会ったのは五年前、Waking Up AppJoseph Goldsteinが無常について話しているのを聞いたときだった。

Joseph Goldsteinは瞑想の先生で、仏教についての本を何冊も書いている作家でもある。Waking Upの中でも、ぼくがいちばん好きな講師の一人だ。彼の話を聞くたびに、本当に知恵のあることを聞いている気がする。そして、この言葉がいちばん印象に残っている。

ある十日間の瞑想リトリートを率いていたとき、Goldsteinは川辺を散歩していて転び、膝をひどく痛めた。その痛みのせいで、あぐらをかいて教えることもできなくなり、しまいには立つことさえできなくなった。座って瞑想しながら、彼は自分に苛立っていた。瞑想の先生ともあろう者が、どうしてこんなに不注意なのか。しかも、よりによってこんな大事なときに。何時間も心を静められずにいたが、あるとき、一つの言葉がふと頭に浮かんだ。

“Anything can happen anytime.”

その瞬間、彼はほっとした。苛立ちは少しずつ消えていき、ようやく落ち着いて座れるようになった。

ぼくはこの言葉を聞いた瞬間に、好きになった。ぼくはもともと、不確実性が大嫌いで、何でも綿密に計画しておきたいタイプだからだ。

ぼくはずっと、人生を戦略ゲームみたいに捉えてきた。一手ごとに最善のルートを考えたいし、分岐はぜんぶ先にシミュレーションしておきたい。だから、想定外のことが起きるたびに苛立った。

この「マントラ」を五年使ってみて、三つの効果があったと思う。

物事がうまくいかないとき、自分を責めずにすむ。 ぼくが好きな自己啓発の本の多くは、Radical Responsibility(徹底した責任)を説く。自分の身に起きたことすべてに、全責任を持つべきだ、と。文句を言うな。他人や環境のせいにするな。起きる問題はすべて「ぼく」の問題で、「ぼく」が改善できるのも「ぼく」だけだ。

ぼくは長いあいだ、その原則で生きてきたし、今でも文句を言うのは好きじゃない。でも、そうやって生きるのは、少し疲れる。「Anything can happen anytime」と心の中で繰り返すと、その重荷を少しだけ世界に分けられる。文句は言わないままでも、罪悪感で消耗することが減って、問題を解決することそのものに集中できる。

行動するとき、結果に執着せずにすむ。 何かを始める前、ぼくはいろんな結果を想像して、最善のルートを考えるのが好きだ。ときには、いちばんいい結果を空想したりもする。記事を書く前には、タイトルや構成、締めの一文まで考えておく。旅行だって、毎日のスケジュールをだいたい組んでしまう。

でも、いざ始めてみると、物事はたいてい計画どおりには進まない。昔は、計画が狂うと不安になったし、ぜんぶを考えきれなかった自分を責めた。あるいは、結果が想像したほど良くならないと分かると、続ける気力をすっかり失った。

「Anything can happen anytime」と繰り返すと、結果と過程を切り離せるようになる。今この瞬間にできることを尽くせばいい。結果は、ぼくにコントロールできるものじゃない。そして、どうせ結果をコントロールできないなら、いっそ過程を楽しんだほうがいい。創ることそのものが、ゲームなのだから。

まだ何も起きていないとき、人生の無常に備えられる。 いいことも悪いことも、いつでも起こりうる。ぼくや、ぼくの大切な人が、明日、車にはねられるかもしれない。だから、やるべきことはできるだけすぐにやる。次があるとはかぎらないから。書きたい記事は今日書く。連絡したい人には今すぐ連絡する。家族に言いたいことは、今回言う。

最悪の結果を受け入れてしまうと、ほかのことはそれほど怖くなくなる。低い確率のことや、ブラックスワンのような出来事も、前より受け入れられるようになった。COVIDでも、AIの台頭でも、この先どうなるか分からない世界でも、それらはもともと「いつでも」起こりうることだったのだ。

この言葉は、悪いことだけに当てはまるわけじゃない。いいことにも当てはまる。いいことが起きたときも、驚きすぎず、抗わず、ただ楽しめばいい。


何事にも、良い面と悪い面がある。ぼくはむしろ、今のほうが計画に念を入れるようになった。「どんなこと」も「いつでも」起こりうるから、あらゆる可能性を考え尽くそうとする。でも、実際に何かが起きたときは、前より鷹揚に対処できる。

もちろん、もともとあまり不安を感じず、責任感もそれほど強くない人には、この言葉を勧めない。ちょうど、お金の本を勧めるときと同じだ。節約が好きな人は『DIE WITH ZERO』を、使うのが好きな人は『Your Money or Your Life』を読むべきだ。

ぼくがこの言葉を好きなのは、不確実性が嫌いすぎるからで、この言葉が心のバランスを整えてくれる。もともと気楽すぎる人がこの言葉を使ったら、たぶんもっと気楽になるだけだろう。それは、たぶん望んだ結果じゃない。

Goldsteinの膝のけがは、彼にたくさんの不便をもたらした。でも同時に、残りの人生をずっと寄り添ってくれる一文を、彼に授けた。

次に計画が狂ったとき、ぼくもこう思い出せたらいい。

それも、もう一つの贈り物かもしれない。

だって、anything can happen anytime.

P.S. 『ゲーム思考』シリーズのアップデートで遊び方を変えるどのサイドクエストも、新しいマップを解放するかもしれないを書いていたとき、考えていたのは仏教の「無常」と、この言葉だった。

さらに読むなら:Joseph Goldsteinの法話は、Dharma Seedですべて無料で聴ける。特におすすめなのはThe Wisdom Of Impermanenceで、記憶が正しければ、ぼくが最初にこの言葉を聞いた講話だ。