これは【新人作家はどうやって1000冊売るか】シリーズの第二回だ。本を売るためのわかっていることを話し終えたので、今回は、1000冊売ることの意味について話したい。

1000冊を売るのは、実はすごく簡単だ

無名の新人作家が1000冊を売り切るには、実はとても簡単な方法がある。

自分で買う。

ぼくの本の発売価格はだいたい332台湾ドル(NTD、420台湾ドルの79掛け)で、単価が高くない。だから332000台湾ドルを用意すれば、発売初日に1000冊を全部買い占めて、めでたく重版できる。

一万数千米ドルは小さな額じゃない。でも、どうしても無理やりやるなら、できなくもない気がする。

みんな幸せ。ミッション完了。

——【新人作家はどうやって1000冊売るか】THE END——


でも⋯⋯これに意味はあるのか。

自分で30万台湾ドル以上使って、家に1000冊が積み上がって、「初版を売り切った」という肩書きが増える以外、なんの意味もなさそうだ。

最近、母にも聞かれた。友達と一緒に何冊か多めに買って応援しようか、と。

ぼくの答えは「まったく要らない」だった。

もちろん、応援してくれる気持ちはとてもありがたい。でも、その人がこの本の読者層じゃなくて、本にまったく興味もなくて、ただぼくを知っているというだけで何冊も買うなら、いっそ買わないほうがいいとぼくは思う。

ぼくは、自費でNew York Times Best Sellerに突っ込む海外の大物作家でもないし、ファンにアルバムを何枚も買ってもらって応援される日韓のアイドルでもない。

本は、読まれるために刷られる。

だから、1000冊売りたいと言うとき、ぼくが本当に欲しいのは1000の売上じゃない。そのほうがずっと簡単だけど、意味もない。

ぼくが欲しいのは、1000人の読者だ。

「種読者」とは何か

Rob Fitzは『Write Useful Books』の中で、ぼくが大好きな考え方を紹介している。**種読者(Seed Readers)**だ。

この考え方は、実はとてもシンプルだ。

本が本当に役に立つなら、読者はそれを人に薦める。そして、その本に本当に合う最初の一群の人たちを見つけさえすれば、その人たちが勝手に本を広めてくれる。あとは種をまくみたいに、芽が出るのを待てばいい。

Rob Fitzは、独立作家の本にとっては、1000人の種読者がいればもう十分だと言う。

これはKevin Kellyの「1000人の真のファン」の考え方に少し似ているけど、種読者のハードルはずっと低いとぼくは思う。

1000人の真のファンで生きていくには、サブスクに頼るしかないし、ファン一人が年に何百ドルも払って支えてくれる必要がある。

種読者は、そこまでは求めない。ぼくはただ、この本を買って、一度チャンスをくれる人を1000人見つければいい。

できれば、その人がちょうど、ぼくがこの本を書くときに思い描いていたような人だといい。ゲームの中ではすごく勇敢なのに、人生では本当はやりたいことがたくさんあるのに、いつも先延ばしにしてしまう。失敗が怖い。完璧主義のせいで、なかなか始められない。

その人が本を読み終えて、役に立ったと思う。そしてある日、似た悩みを抱えた友達を見て、ふと思う。「ねえ、きみはこの本を読んでみるといいと思う。」

これがぼくの理想の読者だ。

もちろん、1000人の読者を見つけたら成功、というわけじゃない。

たとえば、ぼくの本は、自分で思っているほど良くないかもしれない。買った人が読むとは限らないし、読んだ人が読み終えるとは限らないし、読み終えた人が気に入るとも限らないし、まして薦めてくれるとも限らない。

そうなれば、種は芽を出さないし、この本はやっぱり失敗する。

でも、そこがかえって、ぼくが「種読者」という考え方を好きな理由なんだ。

ぼくの本が役に立つかどうかを知るには、まずそれを1000人の正しい人の手に渡して、何が起きるかを見てみればいい。ただそれだけだ。

マーケティングのハムスターの回し車から降りる

「種読者」という考え方がこんなに魅力的なのには、もうひとつ理由がある。

ぼくはマーケティングが嫌いだ。

ふつうのマーケティングのアドバイスは、こう言う。露出を続けろ、投稿し続けろ、コミュニティを育て続けろ、Build in Publicし続けろ。

こういう方法が効くのは信じているし、ネット上は成功事例であふれている。

でも、これはハムスターの回し車にすごく似ている。走り続けているうちは露出が続くけど、止まった瞬間、もう流量は保てない。

もしこの先ずっとこうやって走り続けなきゃいけなくて、しかもそれが好きじゃないなら、本当に悲惨だ。

ぼくは一生、本を売り続けたくない。

ぼくがプロダクトを作るのは、これから毎日SNSに張りついて、みんなに「うちのプロダクトを買って」と言うためじゃない。本を書いたのも、これから三年間、毎日みんなに「ねえ、本を出したんだ」と念を押すためじゃない。

ぼくが憧れているのは、まさに「1000人の種読者」が言っているようなことだ。まず最初の1000人をがんばって見つける。そうしたら、ぼくは止まっていい。

それがゆっくり育っていくのを横目に、次の本を書き、次のAppを作り、次の穴を掘りにいく。

おまけに、ちょっとした不労所得もあったら、もっと最高だ。

薦めるに値する本を書く

もちろん、この一連の考え方には、大きな前提がひとつある。

きみが作ったもの自体が、薦めるに値するものでなきゃいけない。

これで思い出すのが、ぼくの日本語学習App——MARU 五十音特訓だ。

MARUが今まで積み上げてきたユーザーは、ほとんどぼくが「マーケティング」で連れてきた人じゃない。

長いあいだ、ぼくはマーケティングらしいことを何もしていなかった。ここ二年になって、ようやくApple Search Adsを少し出したり、自分のブログを始めたりしたくらいだ。

ほとんどすべてのユーザーは、App Storeの検索と口コミから、ゆっくり集まってきた。

そのうち何人が友達からMARUを聞いたのかはわからない。でも少なくとも五十音を学ぶことに関しては、この十年、ぼくはずっと、自分がiOSでいちばん使いやすくて、いちばん良心的なAppを作ってきたと思っている。「のひとつ」なんてつかない。

これが、ぼくのいちばん好きなプロダクトの育ち方だ。

薦めるに値するものを作って、それを最初の正しい人たちの手に渡す方法を考える。


本を書いている間、ぼくのすべての決断は、「おもしろいか」「役に立つか」「読み終えられるか」を前提にして決めてきた。

本はもう書き終わった。今さら戻って、もっと薦めたくなる本に作り変えることはできない。

これからできるのは、ぼくの1000人の種読者を見つけて、その種がはたして芽を出すのかを見てみることだ。

それが、これからこのシリーズでやることでもある。

あの1000人を見つける。